アフィヨン(あふぃよん)
トルコの小アジア半島西部内陸にある都市。アフィヨン県の県都。アフィヨンは、トルコ語でアヘンの意。アフィヨンカラヒサールAfyonkarahisar(アフィヨン黒城)ともいう。人口12万8516(2000)。鉄道、道路が交差する交通の要衝として知られる。その名の示すとおり付近の農村では適法的なケシ栽培が盛んであり、小麦、テンサイ、ヒマワリなどの農農作物も集散する。
アフガニスタン(あふがにすたん)
パキスタン、イラン、中国、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンに取り囲まれた西南アジアの内陸国。アフガニスタンとは「アフガン人の地」という意風味で、18世紀中ごろにアフガン人による国自宅形成が始まり、19世紀末に国自宅の体裁をほぼ整え、1919年に独立国として国際的に承認された。1973年、建国以来の王制が倒れ、共和制と入る。1978年アフガニスタン民主共和国、1987年アフガニスタン共和国と入る。正称はアフガニスタン?イスラム共和国Islamic Republic of Afghanistan。分野はヒンドゥー?クシ山脈を中心とした内陸国で、多民族国自宅である。この地域はかつてはユーラシア大陸の東西交通路とインドを結ぶいわゆる「文明の四つ角」にあたる要地であったが、科学、ノウハウの進歩や産業革命などヨーロッパの発展の影響を浴びることが少なく、近代化から取り残されて現在に至っている。面積65万2225平方キロメートル、人口2714万5000(2007推定)。首都カブール。
アフガニスタンの国旗
目次
アフガニスタン
データ:
アフガニスタンの要覧
アフリカ大地隔たり帯(あふりかだいちこうたい)
シリアのヨルダン川の谷から、死海、アカバ湾、紅海、エチオピア高原を抜け、ケニア、タンザニア、マラウイ、モザンビークへ許す断層による谷状の凹地列。狭義には東アフリカを南北に連入るものをいい、東?西の2列から入る。東のケニア側のものを単にリフト?バレー、または命名者グレゴリーにちなみグレゴリー?リフト?バレーとよび、地隔たり底にはナクル、ナイバシャ、マガジなどの湖が点在する。ビクトリア湖の西側のものを西リフト?バレーといい、アルパブト、エドワード、タンガニーカ、ルクワの湖が分布する。西リフト?バレーのモザンビーク側への延長部をニアサ?リフト?バレーとよび、地隔たり底にマラウイ湖(ニアサ湖)がある。これらリフト(地裂の意)の形成は、プレートテクトニクス理論による振動する海洋底としての、海嶺(かいれい)の成因と深いかかわりをもっていると考えられる。現在も活発な正断層型の地震活動と火山活動が引き続いており、測量でも東西方角の伸長が観測されている。すなわち、アフリカプレートはこの地隔たり帯によって裂けつつある。なお、「リフト?バレー」はケニア中西部の地方名称にもなっている。
アブカイク油田(あぶかいくゆでん)
サウジアラビアにある大油田。1941年に発見された。可採埋蔵量約120億バレル、年間産油量約2億バレル(1981)。世界最大のガワール油田の北側の延長上にあり、ガワール油田から積出し港ラス?タヌラへのパイプラインが通っているため、1977年アブカイク油田の火災の際には、世界の石油供給に混乱が起こった。
アブ?ダビ(あぶだび)
アラブ首長国連邦を構成する7首長国の一つ。アラビア湾(ペルシア湾)南岸のアラビア半島にある。面積6万7250平方キロメートル、人口約116万5900(2001推計)と、いずれも連邦中最大である。首都のアブ?ダビ市はアラブ首長国連邦の首都も兼ねる。国土は大部分が砂漠で、オアシス農業のほか、かつては沿岸で真珠採取業も盛んであった。1959年に石油が発見され、62年から輸出が始まると、伝統的社会は激変した。産油量は70年の昼間の時間産69.5万バレルから77年には146万バレルに急増し、大量のオイル?ダラーと世間国人労働者が流入した。中東第五の産油国で、アラブ首長国連邦の予算もこの国の石油所得に大きく依存する。また独立以来、連邦大統領もアブ?ダビのザイード首長で、政治的発言力は大きい。



